【中東情勢下のドバイ不動産・関係者インタビュー①】「あなたの物件の売り先は、日本人ではない」

地政学リスクが顕在化したドバイ不動産市場。マーケットは止まったのか、ズレただけなのか。最前線で売買・リスク評価に携わる5人の識者に、今現場で起きている変化と次の一手を聞いた。
最初に聞いたBridges & Allies の伊藤氏は、一段と深いところに刃を入れる。「リスクは消えない。織り込み済みで判断」「あなたの物件の売り先は、日本人ではない」「セーフティーゾーンは2億円超に上がった」「ヴィラ/タウンハウスがベスト」。誰もが混乱の情勢下で同じ事実を見ながら、結論として日本人投資家に厳しい問いを突きつけているのが伊藤氏だった。

問い合わせは「数」より「内容」が変わった。オフプラン7:3 がほぼ逆転
── イラン情勢が報じられて以降、日本人顧客からの問い合わせ件数はどう推移していますか。
トータルの問い合わせ数は、若干減っている、というのが肌感覚です。ただ、本質的な変化は数ではなく内容の方にあります。これまではオフプランへのお問い合わせが6〜7割、セカンダリーが3割という構成でした。それがいま、ほぼ5:5、もしくはセカンダリー寄りで残り3〜4割がオフプラン、という逆転現象が起きています。
── セカンダリー側の問い合わせは「買いたい」「売りたい」のどちらが多いですか。
弊社の場合は、圧倒的に「買いたい」側が多いですね。基本的には日本にお住まいの方からの問い合わせが中心で、なかにはドバイに来たことがないまま、セカンダリー物件を内見もせずに購入される方も今後出てくると思います。私たちエージェント側でオンライン・遠隔で完結できる仕組みは整っていますし、最近はオフプラン同様、現地視察なしでセカンダリーに踏み込まれるケースが珍しくなくなっています。
価格帯としては、セカンダリーは原則一括払いです。数千万円以上規模を一括でお出しになるお客様層が、こうしてオンラインでお問い合わせを入れてくる。これが今動いているドバイ市場のリアリティです。

── セカンダリーへ動いている方の主なモチベーションは「下がっているんじゃないか」という期待ですか。
まさにそこです。「ちょっと前まで100だったものが、いまなら80で買えるんじゃないか」というのが入り口です。
事実、セカンダリーマーケットでは下がっている物件もあります。ただ、ここで気をつけていただきたいのは、「20%下がった=割安」とはイコールではない、ということです。今のマーケット価格と、今後数年の価格予測は別物。勢いで掴むと、数年後の出口、つまり再売却のときに苦労します。私たちの仕事は、入り口でご紹介して終わりではなく、出口までしっかりお付き合いすることです。だから、目先の値下げ感に流されないようにしてくださいね、というのは強くお伝えしています。
オフプランの値段は下がらない──「価格以外」で調整される構造
── オフプランも値下げ交渉はありますか?
結論はノーです。これはオフプランという商品の性質上、価格そのもので調整するのではなく、価格以外で調整される構造になっているからです。たとえばペイメントプラン(支払いプラン)の柔軟化、頭金が減るケース、DLD登録手数料4%のウェーバー(免除)など、購入者にとってのエントリー条件が緩むかたちで調整されます。
── 一方、セカンダリーでは個人オーナーが焦って下げるケースもある?
あります。1億で買ったものを、焦って7,500万で売りに出してしまう、ということが起こりうるのがセカンダリー市場です。これはオフプランとは完全に切り離して考えていただく必要があります。
リスクは「織り込み済み」で買うべき。日本人投資家に最も伝えたいこと

── お客様から最も多い不安はどんなものですか。
すでにオフプランを購入されている方からは、「本当に大丈夫ですか」というご連絡を一通りいただきました。有事の直前に契約を入れた方からは「キャンセルできますか?」というご相談も。
ただ、正直に申し上げると、私たちもすべてには答えられないんです。マーケットの流れの大筋はわかります。私たちも断定的なことは言えない、というのがスタンスです。
今回の取材で、これだけは日本人読者にお伝えしたいと思っていたことがあります。現地のエージェント、デベロッパーの多くは「攻撃に対して迎撃はできているし、実被害もほぼないから大丈夫です」「むしろ、安全な国だと世界中に証明できた」と語っています。それは事実です。ただ、それと「戦争のリスク、ミサイルが飛んでくるリスクが顕在化した」ということは、投資家目線では完全に別の話です。
そして、このリスクは今のところ、イランをめぐる構造そのものが変わらない限り、消えません。中東情勢というのは、元々そういう場所だったのです。これまでは誰もがそこに目をつぶっていた。それが今回、顕在化しただけの話です。
そのため、地政学リスクは「織り込み済み」で判断していただきたい。そのうえで、こういう環境の中でも勝てるプランは何か、パニックセルで投げ売りされているセカンダリーが本当に割安なのか──こうした審美眼を、お客様ご自身が持ち直していただく必要があります。
── ただ日本人にとって、ミサイルというリスクは、なかなか直感的に理解できない部分があります。
そこです。日本は、基本的に治安は世界トップクラスで、銃社会でもない。ミサイルというパワーワードに対する距離感が、世界の他の地域とは決定的に違います。
しかし、世界の投資家たちから見ると、「自国よりミサイルは飛んできているけれど、迎撃できているドバイのほうがよほど安全」と感じる方が、実はたくさんいらっしゃる。だから彼らは情勢下でも普通に買い続けていますし、4%のDLD手数料がウェーバーになるタイミングを狙って、むしろ攻めに入っている投資家も大勢いる。
私が危惧しているのは、日本人の方が、固定観念のせいで、世界との差を開かれてしまう局面に入っていることです。だからといって「今すぐ買え」と言いたいわけではありません。
「あなたの物件の売り先は、日本人ではない」

── 日本人投資家の固定観念について、もう少し踏み込んで聞かせてください。
日本人の方は、無意識のうちに「日本人に売るための物件」を選んでしまいがちです。これが危ないのです。冷静に考えていただくと、ご自身がドバイで買った物件を、数年後に売るとき、買い手が日本人になる確率は1%を切ると思います。0コンマ何%の世界です。日本人マーケットは、ドバイ全体の取引から見れば極小のパイにすぎません。
にもかかわらず、その極小のパイの中で「日本人に人気の物件」を選んでしまうと、出口で詰まります。本来狙うべきは、世界中の富裕層が買いたがる物件です。インド人、欧米人、ロシア人、中国人──彼らは情勢に左右されず買い続けている層ですから、その目線に合うかどうかで物件を選ばないといけません。
── 賃貸も同じですよね。日本人テナントだけを想定しても意味がない。
おっしゃる通りです。ご自身が物件を貸し出すときも、日本人だけを募集するわけではないでしょう。富裕層のロシア人がご応募されたら、当然オーナーとしては貸します。
そういう「日本人マーケットの外側」で、ご自身の物件がどう評価されるかを、最初から織り込んで物件を選ぶ。これが、ドバイで投資をするうえで基本的な視点です。
セーフティーゾーンは「2億円超」へシフト──今、責任を持って売れる物件の条件

── 「今だから買いたい」と前のめりになっているお客様はいますか。
直接「買いたい」というよりも、「この物件、この価格帯になったら買うので連絡待ってます」という方は、たくさんいらっしゃいます。ただ、私たちが今、お客様にすすめられる物件のフィルタリング条件は、有事の前と比べてかなり厳しくなりました。
── 具体的にどう厳しくなったのでしょうか。
有事の前から、キャピタルゲインを狙うのであれば、最低でも物件価格5ミリオンAED(約2億円)以上、というのが私たちの基本姿勢でした。なぜなら、ゴールデンビザ要件の8,000万〜1億円レンジは、日本人投資家が大量に買っているボリュームゾーンで、出口でライバルが多すぎるからです。
加えて、その2億円のなかでも、マリオット、セントレジス、エディションといったブランドや、ペントハウス、ヴィラ、タウンハウスのような希少性の高いカテゴリを狙う必要があります。これが有事前の基準でした。
今回、地政学リスクが顕在化したことで、この条件がさらに厳しくなった。これまで「セーフティーゾーン」だった価格帯が、ぐっとアッパー寄りに上がった、というイメージで捉えていただくとわかりやすいと思います。
── 実際にここ数ヵ月で成約された案件を教えてください。
私個人の担当案件で言うと、年明けから有事前後にかけて成約したのは、例えばブランドプロジェクトのオフプランで、22ミリオンAED(約9〜10億円)クラスの物件です。H&Hという王族系列のデベロッパーで、購入審査が非常に厳しい。マネーロンダリング対策で銀行口座の開示まで求められるようなプロジェクトです。
もう1つはオフプランで、ドバイアイランド。ドバイ国際空港のすぐ横、本土から伸びる5つの人工島です。私個人としてかなり注目していて、本土の出島系のプロジェクトの中では一番有力だと見ています。
なぜ有力かというと、橋を含めた交通インフラが整備中で、ダウンタウンへのアクセスが大幅に改善される予定だからです。一言でいえば、“海が見えるドバイヒルズ”。18ホールと9ホールのゴルフ場まで整備される予定です。
シンプルに言えば──「ヴィラかタウンハウスが無難」

── もう一つ、伊藤さんが繰り返し強調されたのが「ヴィラ/タウンハウス推し」でした。
シンプルに言うと、難しい計算をしたり、いろんな人の意見を聞いたりするくらいなら、「購入するなら、ヴィラかタウンハウスがベスト」というのが結論です。
理由は3つあります。1つ目、供給量が市場全体の15%以下しかない、という希少性。レジデンス(マンション型)と比べると、希少性で言えば天と地ほどの差があります。
2つ目、ライフステージの自然な需要があります。単身でツーベッドのマンションに住んでいた方が、結婚して子供ができて、ヴィラやタウンハウスに移っていく。これが5〜10年のスパンで何度も起こります。今後のドバイは人口流入が続くので、この需要が消えることはありません。
3つ目、欧米やローカルの富裕層は、ほぼ全員ヴィラかタウンハウスを買っています。「ローカルの富裕層のやり方」に乗ることが、出口の最も確実な保証になります。
── ただ、日本人投資家は、「ヴィラ/タウンハウスに馴染みがない(慣れていない)」ということもありそうです。
日本人の方は、海外不動産投資というと「タワマンの上層階」というイメージが固定観念として強いんですね。タワマン高層階信仰は、日本国内の市場文脈で生まれた価値観であって、ドバイや世界のマーケットでは必ずしも正解ではない。
余談ですが、日本のタワマンと違って、ドバイの高層階は階数の違いが価格にあまり反映されません。50階建ての45階と30階の差はそれほど大きくない。価格を分けるのは「階」(高さ)ではなく「眺望」なんです。何が見えるか。ジュメイラのヴィラ群が綺麗に見えるか、海が見えるか、といったことが圧倒的に重要です。
購入の決め手は「賃貸が回るかどうか」──6〜8%という異常な利回りの意味

── 最終的な投資判断の決め手は、利回り、ビザ、節税、どれが本筋でしょうか。
優等生の回答をすると賃貸です。賃貸がちゃんと付くのか、提示された数字どおりに回るのか。最終的にはここに尽きます。なぜかというと、賃貸の利回り実績は、次の出口、つまりセカンダリーで売却するときの買い手の判断材料になるからです。「年間8%でちゃんと回ってきた物件です」と提示できれば、次のお客様も納得しやすい。
具体例で説明します。3,000万円のスタジオタイプを、年8%で5年間回したとします。賃貸収入だけで40%、つまり1,200万円のリターン。さらに5年後に1.5倍の4,500万円で売れたとすれば、賃貸とキャピタルの両取りです。買い手側も、「このエリアでこの賃貸ベースが固いなら、自分が4,500万円で買って、6%でも回せば固い」と判断できる。これが、賃貸を中心に置いた投資設計の意味です。
── 6〜8%というのは、日本の不動産から見ると異常な高さですよね。
本当にそうです。私たちもデベロッパーから「10数%出ます」という提案を受けることがありますが、正直、それで本当にうまく回り続けたケースは聞いたことがないですし、必ずどこかに歪みが出ます。現実的なアベレージは6〜8%。それでも世界水準で見ると異常な高さで、さらにキャピタルゲインも乗る、というのがドバイ不動産の魅力です。
もう一つ、賃貸が固く回ることの一番大きな意味は、「セーフティーラインができる」ことです。例えば、仮に戦争が長引いて売却時にディスカウントを迫られても、賃貸で5年間40%取れていれば、1億で買った物件を6,000万円で売っても、最低限ペイできる。実際にそこで売るかどうかは別として、こうした「最後の砦」があることで、ドバイ不動産という商品の流動性と価格感が保たれているのです。
つまりは「パイは消えていない、タイミングがズレているだけ」

── 最後に、今のドバイ不動産マーケットを、伊藤さんはどう見ていらっしゃいますか。
世界中に資産を分散させてきた富裕層、数百億円、数千億円規模のビリオネアたちは、これまで株式・コモディティ・不動産といった分散投資をしてきました。
今回、地政学リスクが顕在化したからといって、パイ自体がなくなったわけではありません。多くの方が様子を見ているだけです。なぜなら、誰にも今後の流れがわからないので。
そのため、私は「売れなくなった」という言い方は正しいとは思っていません。正確には、「タイミングがズレている」。早く落ち着いてくれ、という気持ちはありますが、このような状況がずっと続くわけがない、というのが私の見立てです。
そして、その「待ち」のあいだに、日本人投資家のみなさんに、ぜひ固定観念を一度棚卸ししていただきたいと感じています。日本人に売れる物件ではなく、世界の富裕層に売れる物件を選ぶ。タワマンではなく、ヴィラ/タウンハウスを検討する。価格帯のセーフティーゾーンが上がったことを認める。リスクは織り込み済みで判断する。これらを整理した方から、次の波に乗れると思っています。


